Mar 19, 2010

花冷えの快速吟行十五分

          -尾上有紀子氏- (船団:1999年8月)

来月の句会の季題は「花冷」との通知に慌て、
歳時記を開き、ネットで花冷俳句をまずは探してみた。

何故慌てたかと言うと、
そうでなくても儚い桜の咲く頃に冷える時候だなんて
季語だけでどっぷり厭世的、
残りの13文字に何を持って来ても
季語のキャラクターから抜け出せない様な気がしたからだ。

抜け出そうと抗う代わりに香水の様にそっと引いて
「花冷を少し纏ひて来られしや(稲畑汀子)」、

なんなら主人公にしてしまって
「花冷のあてにしてをる池ひとつ(岡井省二)」…

でもやはり訃報だ形見だと言う句の方が多い中、
燦然と光り輝くこの句の軽快さ!

この季語を見つけて以来
儚さの真綿怪獣に押し潰されそうになって居た私の元へ
さっそうと現れた仮面ライダーのごとし。

「花冷」に「快速」で列車かと思いきや
「吟行」…歩いてるの?
それもたったの15分。

詠まなきゃ歩かなきゃの焦りと
おまけに寒いの花冷、

あ、そうそう
桜も咲いてるわね、
忙しくてそれどころじゃないわよ。

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Mar 18, 2010

髭剃つてゐる綿虫の飛んでゐる

        -原唯早夫氏- (句集「風花」より昭和63年以前)


これから出掛けなくてはならない朝だろうか。
何時もの様に、髭剃りに必要な時間を取って
きちんと鏡を見ながら泡を付けて剃刀で剃って居る。
その時、鏡の隅にふわふわと雪の様なものが目に入り、
そちらを振り向いて良く見ると綿虫だった

…と言う風にまず想像したのだが

何故、「髭剃ってゐる」と「綿虫の飛んでゐる」が
完全に並列しているのだろうと不思議に思った。
二つの動作を写真の様に焼き付ける為だけだろうか?

「おお、綿虫が飛んでいる…」と言う
何か感慨の様な物と同じ重さを以て
「髭剃ってゐる」自分が居るのかも知れない。

もしそうだとしたら
髭を剃らなかった日々は
どんな日々だったのだろう…。


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三日雨四日梅咲く日誌かな

             -夏目漱石- (明治29年)

三寒四温という冬の季語があるが
それを他の物に入替えて春の句にしてしまう辺り、
漱石らしい…と勝手に思ってしまう。

日誌にこれと言って書く事も無い日がある。
梅は咲いて、又雨で閉じる物でも無いのだが
雨が降れば散歩もろくに出来ない。
梅の咲くあの庭で時折見掛ける娘さん、
今日はどうしてるだろうか…
なんて言うのも日誌にはわざわざ書かない。

そんな平穏無事が
17字の奥でたゆたっている。



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Mar 17, 2010

石鹸玉知らぬ男についてゆく

         -土井田晩聖氏- (句集:万事 2007年11月)

石鹸玉は何故春に飛ばすのか。
昔は夏の遊びだったと言う説もある。
秋に飛ばすには儚過ぎる。
冬は寒過ぎる。

親子の風景や、弾け消える様子、
シャボン玉に周りの景色や空が映る情景描写ばかりの
この季語になんと

知らぬ男が登場する…。

知らぬ男について行くなとは
大人が子供に言う事である。

未だ幼い娘さんが吹いた石鹸玉が
空に消えるならまだしも、
知らぬ男にふらふらとついて行く。

それを見る娘さんは、
面白がってはしゃいで居るかも知れない。
ふと、一緒になって笑えない自分が居る。

この娘も何時か
知らない男にふらふらとついて行ってしまうんだろうか…と。

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黒土や草履のうらも梅花 

          -一茶- (文化7年)

土の上を歩く…
今の私の生活の中で一体何パーセントを占めるだろう?
わざわざ普段とは違う靴を履き
散歩や山登りに出掛ける。
何処へ行くのにも同じ草履だった当時、
土の違いはより身近に感じられたに違いない。

黒土は土地が肥えている証でもある。
彼が歩いていたのは道だったのだろうか。
梅林の中だったかも知れない。

柔らかい黒土が草履の裏に付く。
少し歩き辛い。
暫し立ち止まって裏を見ると
梅の花だらけだ。

梅の花に心惹かれながらの歩、
その歩で梅の花を踏み潰していた。
申し訳ない様な、そんな気持ちになる…。

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Mar 16, 2010

割箸を割って雪山見えてをり 

            -原唯早夫氏- (句集「風花」より昭和63年以前)

割箸を使う場所とはどんな処だろう?
駅の立ち食い蕎麦や割烹のお座敷、
もしかすると小さな温泉町の旅館かも知れない。

割箸を割ったその、箸と箸の合間に
くっきり雪山が真ん中にある、そんな感じがする。
丁度、その両側の箸がフレームになった様な。

割箸と言う手元から一気に雪山への感慨・思い入れと移る…
もしかすると、その雪山にこれから向かおうとしているのかも知れない。

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